hideがX JAPANに加入したのは、1987年のことです。

SAVER TIGERというバンドを解散させ美容師になる決心をしていたhideをYOSHIKIが説得してバンドに加入させます。

PATAはその後にバンドに加わりました。

 

音楽好きのあなたへ!

何故私はこのブログを立ち上げようと思ったのか? 音楽好きなあなたに何か出来る事はないか? 考えた末に至った「7,087文字の熱い想い」はこちら!

X JAPAN解散まで

X JAPANはメジャーデビューが1989年となります。

メジャーデビュー前のインディーズ時代からすごく話題でした。

NTVの「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」のヘビメタコーナーに出演して話題を振りまいていましたが、これは知名度を上げるための戦略的なものでした。

インディーズ時代に発売した(1988年)「VANISHING VISION」は発売一週間で、当時としては異例の初回プレス一万枚を完売しました。

デビュー・アルバム「BLUE BLOOD」は60万枚の大ヒット作となります。

様々な賞を獲得しますが、YOSHIKIの体調不良などもあり、公演を延期しながらもツアーをこなしていきます。

1992年には日本アーティスト初の東京ドーム3日連続公演を果たします。

しかし、1997年ヴォーカルのToshiの脱退により解散を発表します。

hideのソロ活動

1993年より、hide名義でX JAPANと並行してソロ活動をしていました。

1996年には、レコード・レーベル「LEMONed」を設立しています。

1997年のX JAPAN解散後はhide with Spread Beaver及びzilchでの活動を開始していましたが、翌1997年5月2日に急逝してしまいます。

ギタリストとして

hideのギタースタイルとしては、自身で魅せるギターを弾くと語っています。

X JAPANはツインギターのバンドであったため、テクニカルなプレイはPATAに任せていたそうです。

X JAPANはいわゆるヘビーメタルバンドではなく、ギターマニア向けの音楽ではありません。

わかりやすいメロディーを持ち、サウンドは一聴するとヘビーメタル的ではありますが、ポップな方向です。

ツインギターとなると、ギターでハーモニーを奏でる曲となり、わかりやすいメロディーを2本のギターで奏でるパターンが多いです。

ですが、YOSHIKIの作る曲は構成の複雑な曲が多くて、スタジオで収録することができても、ライブ用では新たにギターのアレンジを変えなくてはいけませんでした。

ましてや、ライブといってもライブ会場の広く、今のようにモニターイヤフォンのある時代ではありませんでしたので、自分の弾いているギターの音はちゃんと聞こえていたのでしょうか、不明なところです。

hideは一般には、ギターが下手といわれているようです。

確かにギターのテクニックとしてみれば、高度なテクニックで・・・というわけではないと思います。

しかしYOSHIKIの作る楽曲を2人のギタリストがうまく表現した作品が人々に受け入れられ、ヒットしたのです。

ギターリストとしていい仕事をしていると思いますし、プロの中では(スタジオミュージシャンのようになんでも器用にこなすタイプではなく)下手とみられるかもしれませんね。

PATAが地味なプレイを片側でしっかりとこなしてくれるために自由に動き回れることができ、エフェクティブなプレイも可能でしたので、結果的にそういうパフォーマー的な役割に回ったというところでしょうか。

間違っても「ゴーストギタリスト」ではありません。

ソロ活動ではおもしろい曲を作っていましたので、急逝はほんとに残念なことでした。

関連記事

▶︎sugizoのギターは上手い?下手?

▶︎sugizoのギターソロの特徴とは?

▶︎takuro(GLAY)のギターは上手い?下手?

 

音楽好きのあなたへ!

何故私はこのブログを立ち上げようと思ったのか? 音楽好きなあなたに何か出来る事はないか? 考えた末に至った「7,087文字の熱い想い」はこちら!

 

■ギターの関連記事は下のボタンをタップしてご覧下さい!■